SpecialVol.29

運動で
心と体のバランスを整える

~ストレスと疲れを運動で解決する方法~

文・井上英樹(MONKEY WORKS)
写真・香西寛司

気持ちが落ち込んだりイライラした時に、体を動かして発散した経験はないでしょうか? 運動後、気持ちがスッキリしたり落ち着いたりするのは、どうやら運動と脳との間に密接な関連性があるからだそうです。関西福祉科学大学の重森健太教授に運動と脳の働きを尋ねました。すると、習慣的に運動することは長く人生を送る上でさまざまなメリットがあることが分かりました。果たして、私たちの脳の中では何が起きているのでしょうか?

体調が悪いことが続くなら
ちょっと立ち止まろう

春先に体調を崩す「5月病」は有名ですが、最近、「6月病」という言葉を聞くことがあります。「6月病」とはどのような症状ですか?

5月病は新しい環境や生活の変化に伴うストレスや疲れが原因で、5月頃に現れる一時的な精神的、身体的な不調を指します。5月病を放っておいてしまい、治りきらずに重症化してしまうのが「6月病」の特徴です。やっかいなのが、5月病を我慢しているため、多くの場合、重症化に気付かないのです。春からのストレスが蓄積してくると、適応障害になり、本当に何もする気が起こらなくなってしまいます。また、イライラしたりコミュニケーションがうまくいかなくなったりもするのです。

どのようなことに気を付ければいいでしょうか?

6月病を自覚するには、周りの人から「最近、あなたの様子がおかしいよ」「なんだか、ずっとイライラしているね。大丈夫?」と、指摘してもらい自覚できるのが一番なのですが、そもそも本人が不調に気付いていないので、把握することが難しいのです。人との付き合いがうまくいかなくなって、ようやく気付くことが多いですね。イライラする、モチベーションが低下する、人との付き合いがうまくいかない、問題を人のせいにしてしまうといった症状が出始めたら、我慢せずに医師に相談をしてください。「もしかしたら、6月病なのかも」と、自覚できれば休息を取ったり、医師に相談することができますね。もっと、6月病という概念が認知されると良いと思いますね。

どれくらいの運動が良いのでしょうか?

僕はややきついと感じる程度の運動をおすすめしています。きついけど気持ちいいと感じたり、少しだけ息が上がるくらいの感覚です。ただ、あまりにもきつい運動は続かないのでおすすめできません。アスリートたちは普段からきつい運動をしていますが、一般の方はその負荷で続けるのは難しいと思います。限界の7割くらいの運動(ややきつい運動)が一番継続しやすいと考えられています。逆に限界の3割程度の軽い運動では、脳への刺激が足りません。

運動をしていて、「なんだか楽しいな!」という気分になることがありますよね。それはセロトニンが出ているからだと考えられます。限界の7割の運動を30分くらい続けてみてください。セロトニンは15分ぐらい運動を継続すると活性化しやすいんです。

運動は自己肯定感を上げることにも関連があります。「ありのままの自分を好きになる」、というのが本来の自己肯定感なんです。でも普通に考えたら、体のメンテナンスができておらず、しんどくて、あちこち痛くて仕方なかったら、ありのままの自分を好きにはなれませんよね。見た目も同様です。理想の姿があるなら、その理想に近づいた方がより自分を好きになりやすいでしょう。そういう意味では、運動をして理想の自分に近づくことで、自己肯定感も高まると思います。

ただ運動をしながら「気持ちいいなあ」と思うだけでもいいんです。僕は日常的にランニングをしていますが、マラソン競技には一回も出たことはないんです。大会のためには走らない。走ること自体が楽しいから。僕の走る理由はそれだけなのです。距離を決めていて、30分間で5kmしか走りません。それが、僕にとって一番人生を豊かにする時間、強度だからです。それ以上は苦痛との勝負なので、そんな気持ちで走りたくない(笑)。僕にとって「楽しい、気持ちいい時間」が30分なんですね。とある研究ではランニングを生活に取り入れるとうつになりにくいと考えられています。また、認知症とうつのメカニズムはよく似ているのですが、運動は認知症を予防することも期待されています。

先生の運動頻度はどれくらいなのですか?

僕は運動を週に3日しています。ムキムキになることは求めていなくて、自分のメンテナンスとして運動しています。定期的に運動をすることがいいというのは、不調がすぐに分かるからです。やはり、脳がしんどいと運動する気になりませんから。ぜひ、みなさんにも定期的に運動をする習慣を取り入れてほしいですね。「運動をする時間がない!」という忙しい人には、エニタイムフィットネスのような自分のタイミングで行ける24時間ジムがいいと思います。

もし、脳がネガティブなサイクルに入ってしまうのであれば、どこかで断ち切らないといけません。こうなると、運動を習慣化するのは難しいんですよね。もし、自分のメンタルがネガティブになっていたら『プラス10』という方法を実践してみてください。これは、1日の活動時間を10分だけ増やしていく方法です。運動がしんどければ、歩いてもいいし、掃除をしてもいいし、買い物に出かけてもいい。エレベーターを階段に変えてもいいし、車で行く場所を自転車で行くだけでもいい。一駅分歩くのもいいですね。とにかく「動いている時間」を10分増やすだけでいいんです。活動量を増やし、少し元気になって、「体を動かすと気持ちがいいな…」と思えてきた頃が、ジムの行き時だと思います。エニタイムフィットネスなどの登場で、今は運動ができる環境が身近になりました。しかし、会社や学校などで簡単に運動ができる環境があれば健康な人が増えると思います。

僕が考える運動頻度の理想は週3日です。これが一番体と脳に効果が出る周期だと思います。しかし、自分の無理のない範囲でいいと思います。なんなら週1回でもいいんです。週1から運動を始めて、まずは運動の気持ちよさを知っていただきたいですね。

若いうちから運動をすれば認知症予防に!

アルツハイマーという言葉を聞いたことがあると思います。アルツハイマー型認知症は、脳の一部が縮んでしまうことにより物忘れが生じる病気です。高血圧、糖尿病、肥満などが起因となることからアルツハイマーは生活習慣病の一つとも言われています。

シニアの方が患う病だと考える方が多いと思いますが、実は若い頃から運動をやらないとアルツハイマーのリスクが高まると言われています。運動をしないと海馬(短期記憶から長期記憶へと情報をつなげる中間記憶を担う器官)が痩せ細ってしまうのです。若い頃から運動をして海馬を鍛えておけば、アルツハイマー型認知症になりにくく、運動習慣がついていれば30代、40代でも続きます。この時期に頑張っておけば、50代、60代は楽になります。ですので、若い頃から運動を続けてもらえたらと思います。

運動は前頭葉も鍛えることができます。前頭葉は運動、言語、感情、思考力、判断力、集中力など幅広い機能を司っています。会議の前に少し運動をしたら前頭葉が活性化し、発想が豊かになるんです。運動をするのが難しければ、会議室まで階段を上って行けばいいんです。心拍数が上がったら前頭葉と海馬の血流が活性化しますので。このように、ささやかな運動でも体に大きな影響を与えます。運動は筋肉だけでなく脳にとってもいいことです。ぜひ、毎日の生活に運動を取り入れてください。そして、それを習慣にしてくださいね。

Profile

重森健太

1977年生まれ。関西福祉科学大学教授。理学療法士。聖隷クリストファー大学大学院博士課程修了。ヒトの運動機能を多方面から分析する研究、および脳科学の視点から脳の評価およびアプローチに関する研究に取り組む。聖隷クリストファー大学助教などを経て、2011年4月から現職。2014年から同大学学長補佐を兼任。また、日本早期認知症学会理事長、重森脳トレーニング研究所所長などの役職でも活動している。