SpecialVol.10

 覆面職人・覆面レスラー
ミステル・カカオさんインタビュー

何かを感じてもらえる側に立つ

2021.07.28

大きな男性が足踏みミシンを使ってカラフルな覆面を縫っている。ジャージ越しにもその鍛え抜かれた体がわかる。彼は覆面職人であると同時に、『ミステル・カカオ』としてリングに立つこともある覆面レスラー。現在、カカオさんは工房兼ショップ『覆面屋工房』(群馬県高崎市)を運営し、プロレスの覆面やコスチュームなどを制作している。プロレスラー用覆面だけではなく、個別のオーダーにも対応しており、テレビの衣装や、結婚式の仮装や贈り物用の覆面を作ることもあるそうだ。2021年夏現在、日本や世界は新型コロナ禍にある。プロレスの覆面と医療用マスクは異なるが、私たちは顔を覆った“覆面生活”を余儀なくされている。覆面職人・覆面レスラーの彼はこの時代に何を感じているのだろう。ミステル・カカオさんに話を聞いた。

マスク不足の時は、
覆面ではなくマスクを縫った

●未知のウイルスが中国で確認されたという小さなニュースに触れたとき、ミステル・カカオさんは直感的に「なにか大変なことになるのではないか……」と感じた。日本も世界もどこか対岸の火事のような対応の頃だったという。

香港や台湾のニュースサイトでは報道していましたが、日本や中国では、それほど報じていませんでした。2019年の12月の頃です。その翌月に、ある団体のプロレスのツアーが開催されておりまして、僕はグッズ販売で帯同していたんです。メキシコのレスラーたちが「日本がやばくなったら、メキシコに逃げてこいよ!」なんて冗談を言っていたのですが、あっという間に新型コロナウイルスは世界に広がり、世界は大変なことに。それで、2020年9月に妻の縁のある高崎に東京から工房を移しました。

●覆面レスラー・職人であるカカオさんが、一般の人用のマスクを作ったと聞きました。

ええ、そうなんです。ご存じのように新型コロナ第1波の時、日本中がマスク不足に陥りました。世の中の役に立つことをしなければと、一般の人が使えるマスクをたくさん縫いました。だけど、数百枚のマスクを作ってもすぐになくなってしまう。自分が作るだけでは間に合わないので、マスクを作る動画を作ったり、ご家庭で縫えるように型紙を公開したりしました。そして、同じようにマスクを作っていたメキシコの覆面職人にも協力してもらって日本にマスクを送ってもらったりしていました。あのマスク不足の時に、ちょっとは役に立ったかなと思っています。普段、覆面を作っても世の中の人の役に立つことはないんですけどね(笑)。

覆面をかぶると
不思議な力がわいてくる

●覆面は不思議な魅力があるとカカオさんは言う。それほどパフォーマンスが上がらなかった選手が覆面をすることで“覚醒”し、スター選手になることもあるそうだ。カカオさん、覆面には不思議な力があるのでしょうか?

覆面って不思議なんです。レスラーが覆面をすることで、急にパフォーマンスが上がったりすることがあるんですよ。何かのスイッチが入るんです。不思議な力が出るんですよね。覆面レスラーの多くは出番直前まで覆面をしません。自分の前の試合が中盤くらいに差し掛かったかな……というタイミングで覆面をかぶる。すると不思議と気合いが入ります。その瞬間から、マスクマンになるんです。

ですが、覆面って結構ストレスがあるんですよね。ぴったりと合わせていますから、顔全体に圧迫感があって、何時間か付けていると頭痛がしてきます。さらに、僕の覆面は顔の側面に模様がついているので、覆面が耳にこすれて「耳がわき」ます。柔道家の耳は畳にこすれて、潰れてしまっているでしょう。覆面レスラーの耳もあんな感じになります。覆面を付けるのは大変ですが、力も発揮できます。それに、覆面姿で戦う格好いい姿を見てもらいたいという願望もあるんですよね。

子どもの頃に憧れたタイガーマスク

●覆面レスラーであるカカオさんが子どもの頃に影響を受けたのは、テレビで見たアニメの『タイガーマスク』だったそうだ。しかし、マスクをかぶって悪を叩きのめすスタイルではなく、タイガーマスクの生き方に大きな影響を受けたとカカオさんは振り返る。

タイガーマスクに扮する伊達直人は悪人たちの言いなりにならず、ファイトマネーをすべて福祉施設に寄付をするんです。虎のマスクという表面の格好良さより、そんなタイガーマスクの生き方に大きな影響を受けましたね。

タイガーマスクの影響でしょうか、今でもクリスマスには施設に慰問に行きます。僕はそれほど有名でもないですけれど、やっぱり覆面をかぶったレスラーが現れると、みなさん喜んでくれるんですよね。レスラー仲間にも声をかけるんですが、クリスマスですから、いろいろ予定があるんでしょう。賛同してくれても、実際に一緒に行ってくれる人は少ない。

だけど、興業で日本にやってきたメキシコレスラーたちを誘うと、快く同行してくれます。彼らの多くは貧しい暮らしを経験しているし、敬虔なカトリック教徒なので、人のために何かをするという行為が身に付いているんですね。スペイン語なので言葉はわからないでしょうけど、外国人のレスラーが来てくれると皆さん喜んでくれます(笑)。……クリスマスにいつも一緒にずっと来てくれた女性のレスラーがいて、それが今の奥さんです。

メキシコの子どもは、
リングの上で育つ

●覆面レスラーの“本場”といえばメキシコだ。メキシカンスタイルのプロレスリング『ルチャリブレ』は中南米で非常に高い人気を得ている。スター選手たちは大金を手にする。貧しい若者が一攫千金を夢見て、ルチャリブレでレスラーになるそうだ。

日本のプロレスラーは高校を卒業してから練習生になって体を鍛えます。一方、メキシコでは小さい頃からリングが身近にあります。ルチャリブレの試合後、子どもたちはリングに上がって遊ぶことができるんです。後にこれがすごく良い経験になると僕は思っています。

リングには“たわみ”があります。見ている人にはわからないかもしれませんが、実はすごく揺れるので、初めてリングに上がった人は驚くでしょうね。普通の人なら5分もすると目が回って吐いてしまうかもしれない。それほど揺れるんです。初めの頃は、とてもあの上で走ったり、受け身をすることはできない。だけど、子供の頃からリングで遊んでいると、筋肉があのたわみを覚えているんです。だから、レスラーになってもたわみが体に染みこんでいるから、リング使いが本当にうまい。

メキシコには小学生から通えるルチャの教室があります。そこでは、引退したレスラーが教えている。そういう環境で子どもの頃からトレーニングを積み、早い子は13歳でデビューをしてお金を稼ぎます。日本とは違って貧富の差が激しく、食べられない、学校に行けない、字が書けない人がいる。

その子たちがどうやってのし上がるかというと、サッカー、ボクシング、そしてルチャリブレです。ルチャで有名になって儲かると、彼らの多くは道場を造ります。そして、子どもたちにルチャを教える。さらに宿泊施設も作るんですよね。なぜかというと、さっきお話ししたように信仰心があるので貧しい人を助けてあげるんです。

ファンと近い距離でプロレスをやる意味

●インタビュー中、カカオさんは覆面の下に、さらに不織布マスクをして受け答えをしてくれた。ささいなことかもしれないが、相手のことを常に思う優しいお人柄を感じた。カカオさんのベースには優しさがある。カカオさんが考えるプロレスやマスクマンの魅力というのはなんだろうか。

子どもの頃にテレビで見たヒーローたちから、僕はたくさんのものをもらいました。彼らはテレビの中の存在だけど、人間のレスラーは直接ファンと触れ合うことができます。だけど、大きな団体のプロレスは、生で観戦することはできても、ファンとレスラーたちの導線が分けられ、やはり距離はあります。

けれど、ファンととても近い距離のプロレスもあるんです。たとえば『みちのくプロレス』(東北地方を中心に活動しているプロレス団体)に参戦したときのことです。ファンとの距離が本当に近かったんですよね。そこでは僕たちレスラーがリングを組み立て、椅子を並べて会場設営し、プロレスの興行をつくっていきます。レスラーは戦うだけではないんです。多くのインディーズのプロレスもそうです。

リングで戦いながらも、子どもさんからお年寄りまでが大きな声援を送ってくれて楽しんでくれているのが見えました。自分の強さを見せたいというのではなくて、みんなにプロレスを楽しんでもらいたい。そんな思いでリングの上で戦ったことを覚えています。

間近にプロレスを見てもらったら、僕は何かが生まれると思います。「あの憎たらしいレスラーを倒すため俺も強くなろう」という人もいれば、「ああいう格好いい体になりたい」という人もいるでしょうね。そこから何が生まれるかは分からないですけれども、きっと何かが生まれる。何かするきっかけを“与える側”になるのは楽しい。僕が覆面レスラー・覆面職人をしている理由は、そこにあると思います。

PROFILE

ミステル・カカオ(MISTER CACAO)
1984年、全日本プロレスに入団したがデビュー前に退団。大学に通い「体をつくってプロレスに戻れれば」という思いからボディビルを始める。大学卒業後、京都でインストラクターをしながらボディービルグッズ店に勤める。初代タイガーマスクの覆面を手掛ける職人と出会い、後に覆面制作を独学で修得。1992年、『覆面屋工房』を設立。1997年、「ルチャリブレを直輸入したい」という思いから総合プロデューサーとしてメキシコの『CMLL』を団体ごと招聘し『CMLL・JAPAN』を開催。2000年、ミステル・カカオとしてデビュー。2001年、マッチョ☆パンプとして、みちのくプロレスに参戦。2006年、選手のほとんどが覆面レスラーによる興行を行う『覆面MANIA』を設立。2020年『覆面屋工房』を群馬県高崎市に移転する。
覆面屋工房 WEB SHOP http://fukumenya.shop-pro.jp/


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