SpecialVol.13

『真鶴出版』來住友美さんに聞く
好きな町のキラキラしない部分を伝える

2022.01.20

神奈川県西部に真鶴という町がある。この地には温泉はなく、大きなホテルやショッピングモールもない。しかし、真鶴の持つ文化や風土に魅せられて移住する人も増えているという。これは『美の基準』(1993年)という「まちづくり条例」の存在が大きいと考えられている。町の人々が必要のない都市開発をしなかった結果、ヒューマンスケールの静かな町が残ったのだ。來住友美(きしともみ)さんは、この地で『真鶴出版』を運営している。『真鶴出版』は主にこの地に関する情報発信と、宿としての機能を持つ。この小さな「出版社」には全国から人が訪れ、町の魅力を持ち帰る。真鶴の魅力を見つけ、発信する來住さんに話を聞いた。

●『真鶴出版』は地域の情報発信に加え、宿も運営しています。新型コロナでは海外からのゲストが減り、大きな変化が起きたのではないですか?

以前は9割以上が民泊予約サイトを利用した外国からのゲストでした。当時はその予約サイトに対応していた宿が少なかったので、私たちの宿には外国からのゲストが多かったんです。ですが、真鶴周辺にある宿側の予約サイトの利用が増えると、外国からのゲストが分散したようなんです。入れ替わるように、『真鶴出版』が出た雑誌やウェブ記事を見てくださったり、私たちが作った出版物で『真鶴出版』を知ったという国内のお客さんが増えていきました。

●現在、宿泊客は1日1組限定。ただ宿として泊まるだけではなく、スタッフが町案内をしてお店や人を紹介したりと、宿泊客が自然と町に馴染む工夫があるそうですね。

初めて『真鶴出版』に宿泊していただいた方には、町歩きの機会をつくっています。1時間半くらいかけて町の説明と案内をしています。ここの居酒屋さんやお寿司屋さんが地元の人たちに人気だとか、ここの干物が最高だとか、ここが抜け道ですって。説明をしながら一緒に歩くんです。私たちが作る出版物は主に真鶴を紹介していますが、この宿自体も町と関わっている感じですね。ですので、出版も宿もどちらの事業も、「町と関わりを持つ」という考えで運営しています。

町歩きをすると、お客さんに「会うべき人」との出会いがあるんです。不思議なんですけどね。もちろん、毎回ではないですけれど。例えば、移住を考えていたお客さんと歩いていたとき、知り合いの不動産屋さんにばったり出会いました。お互いを紹介すると、トントン拍子に話が進み、移住先が決まったことがありましたね。

真鶴に興味を持っていた大学生と共に酒屋さんに寄ったときのことです。そこで大学生と漁師さんが知り合い、翌朝に船に乗せてもらう約束をしていました。船に乗って朝日を見て帰ってきたら、港では漁師仲間の方がサツマイモを焼いて待っててくれたという……。私が何かしなくても、町が勝手に町の紹介をしてくれることもあるんです(笑)。

町の規模も良いかもしれません。2時間もあれば端から端まで歩いていける大きさです。スーパーも一つですから、知っている人に出会う確率が高い。真鶴は歩いているだけで、何かが起きやすい町ですね。

町の魅力を掘ることの意味

●來住さんは真鶴出身ではありませんね。外からやってきて、宿と出版の仕事をしています。そこには外部と内部の両方の視点があるように感じます。その多様な視点が町の人にも外の人にも受け入れられているのでしょうか。

ええ。そこのあんばいはいつも意識しています。真鶴の魅力を外に向けて強く発信し過ぎると、誇大広告のようにキラキラしてしまいます。もちろん、真鶴は素晴らしい町だと思います。ですが、思いが強過ぎた言葉は時として、現実と離れ過ぎてしまうことがあります。過剰に「キラキラした情報」に触れて町にやってきた人はがっかりしますよね。地元の人も(真鶴のキラキラした紹介記事を読んで)「そこまでだったっけ」……みたいに思うかもしれません(笑)。

私はキラキラした情報を出すのではなく、地味でも「ローカルに潜る」方が面白いと思います。今、私たちはコーヒー屋さんのパッケージ制作をしているのですが、旅や地域を守る『道祖神(どうそしん)』をモチーフに使っています。真鶴は狭い町なのにたくさんの道祖神が祀られています。道祖神祭もあって、町の人たちからとても大事にされています。パッケージに使おうと考えた際、道祖神巡りをしてみました。すると、地元の人も当たり前に思っていた道祖神を改めて面白いと思ってもらえたし、私のような外から来た人もその文化を知って面白く感じる。情報はキラキラと輝かせるのではなく、潜ったり、掘ったりする方が外と内の両方の人たちにとって面白いのではないかなと思います。

●地域の魅力を伝えるとき、キラキラさせない以外に心掛けていることはありますか?

真鶴に来た頃(2015年)、私にできる発信といったら見たり感じたりしたことをSNSに書くことくらいでした。それは、町を見る練習になりましたし、地元の人も喜んでくれました。今は移住してきたばかりの人たちがSNSで積極的に情報発信をしています。もう、私たちにできることはSNSでの情報発信だけではありません。いい出版物を作るとか、宿を居心地の良いものにしたり、地域と繋がりのある作家を紹介したり、そっちを大切にしたいと考えています。
私たちの出版物や展示は町外はもちろん、真鶴に住んでいる人に向けて発信しています。以前の発信は東京に向いていました。当時は私たちに分かるのが「東京の人たちの感覚」だったので、自然とそうなっていたんですね。でも、真鶴に住む人に向けて作るとキラキラはしない。結果として、それが東京や外の人たちにも伝わるんじゃないかなと思っています。

当たり前の良さに気づいてもらうには

●町に住み続けていると、外からの新鮮な視点を忘れることはありませんか?

確かに、住み続けると、最初の「うわーっ!」という感動とは変わってきます。例えば移住当初にお裾分けを頂いたときは、感動して写真を撮ってSNSにアップしていたものでしたが、今はもらった瞬間に、うれしいという気持ちと「何を返そう?!」と考える自分がいますね(笑)。だけど、宿をやっていると「真鶴が初めての人」に出会うことができます。すると、いろんな感動の場面に居合わすことができる。その反応を見ていると、当初の気持ちを思い出しますし、改めて真鶴はいいなと思いますね。

私でさえそうなのですから、地元の人が「町の当たり前の良さ」に気がついていないこともあります。真鶴は本当にお魚がおいしい。だけど、お魚を褒めても「当たり前じゃない? だって、海があるから……」という感じなんですよ(笑)。でも、ゲストと共に町歩きをして、その都度違う人が「魚がおいしい!」「真鶴は良い場所ですね」って感動しているのを聞いたり、目の当たりにしたりして、褒められ続けると地元の人たちの意識も変わるんですよね。「やっぱり、いいのかな。真鶴って良い場所なのかな」って(笑)。子育て同様に「いいね!」って、良い所を褒め続けるというのは、とても大事なことなのかもしれませんね。

PROFILE

來住 友美(KISHI Tomomi)
ゲストハウスと出版事業を行う『真鶴出版』をパートナーである川口瞬さんと運営。都心に近い距離でありながら、昔ながらの漁港の暮らしが残る真鶴を国内外に発信している。
真鶴出版


Follow us!

PICK UP!