読書と運動は似ている。日常のあれこれを言い訳にしてトレーニングをサボってしまうように、また週末にでも、来月こそはちゃんと…と先延ばしになってしまう本がある。書店で気になって買ったのに、読まずに“積読(つんどく)” 本が増える。今回はそんな積読本の中からおすすめの一冊をご紹介。一度重い腰をあげれば、読後にはトレーニング後にも通じる充実感を味わえるのではないだろうか。
眺めの良い場所にのぼると、いつもそのシルエットを探してしまう、誰もが頭の中で描くことができる、白い雪を被った富士山。今年は新型コロナウィルスの影響で、登山者や管理者の安全確保のため、歴史上初めて富士登山道が閉鎖された。山開きがなかった2020年の夏に、増補版として刊行された写真絵本『富士山にのぼる』を読む。
「見なれた姿の中に、
しらないことがたくさんあることに、ぼくは気がついた。」
これまでに二度のエベレスト登頂を果たし、世界の名だたる山々へ挑み続ける写真家の石川直樹氏。富士山に初めてのぼったのは19歳の時、真冬に雪と氷の厳しさを教えられた。その後も世界最高峰の山へ挑む前に、トレーニングとして必ず、富士山にのぼり体を慣れさせている。いつ訪れても、わずかな天候や季節のちがいによって、新しい世界と出会うことができる山だという。さまざまな表情を見せる富士の山肌を、石川氏の言葉と写真によってリアルな質感で味わえるのがこの本の魅力だ。
だれの足跡もない、しんと静まり返った雪原。冷たい風をよけながら、すべらないように、「ガシッ ガシッ」と一歩ずつ、足を前に出す。ページをめくる度に景色が変わり、石川氏と一緒に頂へ近づいていく。「はいて、はいて、すう」息づかいや、背中にずっしりとザックの重さまでも感じる。本を閉じた後に、さっきまで荘厳な山の中に立っていたかのような感覚が残る。猛暑日に少しでも涼しい気分になれるかと選んだ一冊だが、標高が高くなるにつれて息が上がり、山頂が見えた瞬間には胸が高鳴るような、カラダがグッと熱くなる写真ばかり。実際にのぼることはできなくても、ちがった方法で富士山を体感することができた。
今年は花火大会や海開きもない、いつもとちがって物足りない夏だったかもしれないけれど、自分自身と向き合うことが増え、いつもの景色を新しい見方で過ごすことができる機会だったのかもしれない。気負わずに、涼しい部屋で本を読むのも悪くないし、見たことがない光景を写真や文字を通して知るのも良い。熱中症になる心配もなく、積読の山から一冊切り崩しただけでも、ちょっとした達成感が味わえた。