PeopleVol.5

愛するサウナを、女性のために!

People Vol.5 「両国湯屋 江戸遊」創業者 平井 要子さん

東京墨田区で20年営業を続ける温浴施設「両国湯屋 江戸遊」は、両国北斎通りのランドマークとして愛されてきました。大浴場の壁には地元ゆかりの北斎の浮世絵、そして館内のあちこちに江戸の伝統工芸江戸切子や指物師の技が光ります。粋で洗練された江戸文化を楽しみながらリラックスできる空間。さらに、一昨年のリニューアルでコワーキングスペースも併設されました。誰もが安心して利用できる施設を目指し、特に女性に利用して欲しい、という思いで「江戸遊」を作ったという平井要子さんに、サウナへの思いをうかがいました。

People

平井 要子(ヒライ ヨウコ)
日本大学芸術学部卒業。1996年に両国湯屋江戸遊設立。

女性が安心して行けるサウナを作りたい

ここ数年のサウナブームも定着し、最近は「サウナ女子」、「女子サウナー」という言葉も登場しています。しかし、日本では長くサウナは男性のもの、それもお酒とセットのようなイメージがありました。近年のサウナブームでようやくサウナに対する印象が変わってきましたが、平井さんがサウナと出会った頃はどんな場所だったのでしょうか。まずは日本のサウナの歴史と変遷を聞いてみました。

●平井さんとサウナとの出会いを教えてください。

50年前、東京に初めて女性専用サウナができたのです。サウナがどういうものか誰も知らない時代です。お友だちが自由が丘にお住まいで、誘われて初めて行きました。お風呂はなく、90度以上あるドライサウナと水風呂がセットでした。高温サウナに入った後の水風呂の爽快感を知って、初めてのサウナ体験ではまってしまいました。わたしは生まれも育ちも両国で、当時自由が丘は直通の電車もなく遠かったのですが、自分で車を運転して通いました。

●女性専用サウナはどういう方が利用されていたのでしょうか。

外国で暮らしたことがある奥様や、ヨーロッパでサウナを体験された方々が利用されていたみたいです。当時自由が丘とか、世田谷にそういう方がたくさんお住まいだったみたいですね。その後、女性専用サウナが何か所かできました。自由が丘の次に見つけたのは向島のサウナです。向島には花街があり、50年前はまだ芸者さんが何百人もいて華やかだった。特に若い芸者さんが多かったのですが、芸者の街だから女性専用サウナができたのかなと思いました。

●サウナは日本では長く男性のものという印象でした。

男性専用サウナは、東京は銀座や新宿、大阪は道頓堀、名古屋は栄町、というように繁華街にできました。お酒とセットだったんです。日本ではサウナは酔っ払いのための文化のようになってしまった。どうしてそうなったのかわかりませんが、それにわたしは納得がいかなくて、女性に、健康を考えた生活の一部としてサウナを使っていただきたいと考えています。

「江戸遊」は24年前のオープン当初から、女性と男性のスペースをほとんど同等にしています。男性優位に作る施設が多かったのですが、わたしどもは女性用も同じ大きさのサウナを設置しています。東京でも女性サウナの設置が早かったのではないかと思います。

●最初にサウナにはまった時から、いつかはサウナを経営したいと考えていらしたんでしょうか。

結婚して子育てが一段落した時に、たまたま土地が空いていたので商売をすることになり、その時、昔を思い出して温浴事業をやろうと考えました。サウナが好きなので結婚してからも通っていましたが、既に女性専用サウナはなくなっていて、健康ランドのサウナを利用していました。当時はまだ「スーパー銭湯」という言葉はなく、健康ランドの時代でしたので、健康ランドを参考に温浴事業をやることにしました。

●健康ランドは郊外に多くありましたね。

そうです。東京は江戸川にありました。わたしは、東京で暮らす女性にこそサウナが必要なのではないか、郊外ではなく東京の街中の温浴施設にこそ需要があるのではないかと考えました。なにより自分自身が欲しいと思ったのです。東京では行く場所がないんですよ。自分が行きたいと思うのだから、周りにも行きたいと思う人は必ずいるはずだと。自分が必要だと思うものを、みなさんにも提供できれば、という思いで両国に「江戸遊」を開業しました。

サウナは「健康産業」、深夜泥酔客お断り、
という決断

サウナが男性のものだった時代に、大きな繁華街のない両国での開業は、マーケティング調査で立地が悪すぎると言われたそうです。今でこそ、「スーパー銭湯」が住宅街にもできて多くの女性客や家族連れでにぎわっていますが、25年前、平井さんが繁華街ではない場所にあえてサウナを作ろうと考えたのはなぜなのでしょうか。

写真提供:両国湯屋 江戸遊

●露天風呂がとても気持ちいいですね。お風呂場も明るくきれいで、アメニティも充実していて、隅々まで女性に対する配慮が行き届いていると感じました。

そう言っていただけると努力した甲斐があります。必ず誰かが見てくれていると思うと仕事を継続するモチベーションになります。一番は、女性に来ていただきたいのです。

女性は息抜きをする場所がないじゃないですか。男性はたくさんあるのに。男性は一人で飲みに行けるし、旅行も行ける。わたしは娘がいますけど、今でも夜細い路地を歩いちゃいけないと言います。だから、繁華街で女性用のお風呂屋さんを作ろうとは思わないわけです。この両国はとても平和で静かで、北斎通りは「すみだ北斎美術館」ができて有名になりましたけど、飲み屋さんは少ないのです。だから女性も安心して来ていただけると思いました。男性向けは繁華街に作られることが多いですけど、女性にとって繁華街は逆に行きづらい。ここなら、女性も安心して通ってくださるのではないかという思いでチャレンジしました。

●繁華街でないと集客は厳しいのではないですか?

集客が一番難しかったですね。ましてや24年前は北斎通りも名前だけで、店舗は「江戸遊」しかなかった。大江戸線も開業が遅れて、オープン当初は本当につらかったです。

最初は男性のお客さまの方が多かったのです。錦糸町からの酔っ払いのお客さまが多かった。そこで決心しまして、深夜の泥酔者はお断りすることにしました。当社は「健康産業である」という理念を社員にも徹底しています。お酒を飲んで入られて中で倒れられたら大変です、命にかかわりますから。最初はクレームの嵐でした。「どうしてだ」「ここまで来たんだから入れてくれ」と。けれどしばらく続けましたら、「江戸遊は、夜は酔っ払いが入れない」ということがだんだん広まったのです。

●そういう取り組みによって女性のお客さまが増えてきたんですね。

そうですね。12年前にも一度改装しまして、その時はターゲットを女性に絞って計画したので、その時からさらに増えはじめました。

写真提供:両国湯屋 江戸遊

時代を先取りしたコワーキングスペース
「湯work」

2020年に世界的な商業建築の賞である「ベルサイユ賞」を受賞した「江戸遊」の館内は、地元の資産である北斎の作品と江戸の伝統職人の技が随所に取り入れられています。粋で洗練されたデザインは、女性を意識していることがよくわかります。一方、元の湯船やサウナ室を活用したコワーキングスペースがあり、他では味わえないリラックス感と、開放感の中で仕事もはかどります。伝統と現代のスタイルに対応したサービスの共存についてうかがいました。

写真提供:両国湯屋 江戸遊

●ファサードがとても印象的です。他にもフロントの江戸切子や浴場の北斎のタイル画など、デザインがとても洗練されていますね。

2019年に増築しまして、隣に同じ大きさのビルを建てて、連結して広くしました。ファサードもその時に作りました。

両国という街は、江戸文化の香りがする街です。江戸時代から続いている職人さんの技術がいろいろなかたちでまだ残っているんですね。地元のお付き合いの中から職人さんたちと知り合いまして、お願いしました。特に、フロントのカウンター側面にあしらった江戸切子は、通常はグラスなどの曲面に彫る切子を、特別に平板にしていただいた、他にはちょっとないものです。

●板状の切子は初めて拝見しました。お風呂のタイルもとても美しいですね。

北斎の絵を使っていますが、全体の色調をあわせるためにオリジナルとは少し違う色を使用しています。女湯の「赤富士(「凱風快晴」)」は下の森林の部分をカットして、上の赤富士の部分のみをタイル壁画にしました。男湯は「神奈川沖浪裏」で、「すみだ北斎美術館」の館長さんに了解も得て、浪のところをデフォルメしています。地元に北斎の美術館ができて、強力なコンテンツですから十分活用させていただいています。

●照明も心地よく、館内着のデザインも素敵で、一日いてもいいと思うくらい心地いいです。 しかもコワーキングスペースがあるのでリモートワークも可能ですね。

今回のリニューアルで「湯work」というコワーキングスペースを作りました。旧館の湯船やサウナ室をそのまま残して、コワーキングスペースや会議室として利用してもらっています。そちらにも北斎の「赤富士」と「あやめにきりぎりす」のタイル画が残っていますが、このタイル画もよくできていて、お風呂場もコンパクトで全体的にまとまっていて、これを壊すのはもったいない、壊さずに使い道を考えようということになりました。

「湯Bar」とか、いろいろなアイディアがでましたが、最終的にコワーキングスペースにすることにしました。お風呂だけだったら銭湯で十分ですから、来館していただくための新しい付加価値をつくりたかった。検討したのはコロナ以前、3年前ですけど、海外では既にコワーキングスペースが拡大していて、日本にも少しずつ出来始めていました。お風呂屋さんではまだどこもやってませんでしたので、じゃあ、うちが最初にやろうと。お風呂を出て、リラックスしながら、環境を変えて、新しいアイディアを生む。ストレスの多いオフィスから場所を変えて仕事に集中できるスペースをお風呂屋さんの中に作れば、利用価値があるだろう、という結論にいたりました。入館料だけで利用できるので、男性のスペースはすぐにいっぱいになりました。

女性の方は、最初はスマホでゲームをしたり、自由にのんびりしてくださる方が多かったのですが、コロナで変わりましたね。女性もパソコンを持ち込む方が増えました。コロナ禍でリモートが加速して、利用価値が高まっていると思います。昨年の緊急事態宣言で4月5月は休館していましたが、その後再オープンしたら「湯work」に利用者がたくさんいらして、わたしもびっくりしました。時代が加速しましたね。

写真提供:両国湯屋 江戸遊

日本に本格的なフィンランドサウナを作りたい

「江戸遊」の経営だけにとどまらず、「サウナが健康にいい」ということを日本でもっと広めたいという思いで、日本のサウナ普及に尽力されてきたという平井さん。平井さんのことを「サウナ界のジャンヌ・ダルク」と呼ぶ人もいます。最後に、サウナの健康効果と、これからの理想のサウナについてうかがいました。

●平井さんのお肌はすごくおきれいですが、やはりサウナの効果でしょうか。

サウナのおかげだと思っています。サウナに入ると汗を出すために毛穴が開きます。その後、外へ出ると、水風呂に入った方がいいですけど、急速に冷えるので毛穴が収縮する、お肌が引き締められるので化粧品を使うよりいいのではないかと思います。女性にサウナの効果をもっと知っていただきたいですね。

●血流がよくなるだけでも健康によさそうです。

そうですね。お肌の美容にはサウナをおすすめします。でも少し前までは「サウナは熱くて入れない」という女性が多かったんです。

実は、本場のサウナは熱く感じません。フィンランドやヨーロッパのサウナは80度くらい。ロウリュをするときだけ熱波が一気に起こるというタイプのサウナです。日本のサウナとは全然違います。日本人は我慢強いので、特に男性は我慢するのが好きなのか、温度が高いサウナが好きですね(笑)。

でも最近は温度を控えめにしてロウリュをやる、という運用をなさるサウナが多くなってきています。今はコロナの影響でロウリュは中止していると思いますが。

写真提供:両国湯屋 江戸遊

●平井さんが考える未来の理想のサウナを教えてください。

外国ではサウナ室にテレビはありません。「江戸遊」でも何度も議論しましたが、日本だとテレビが欲しいというお客さまがいる。男性用はドライサウナが2つあるので、一つをフィンランド式にしようと考えています。フィンランドでサウナに入る目的は、ある種の瞑想です。日本でも、テレビがない瞑想ができるサウナを提供すれば、「こういうサウナの方がいい」と思ってくださる方も出てくるかもしれません。日本のサウナーたちが目覚めて、フィンランド式のサウナを希望してくだされば今後増えていくでしょう。

両国の「江戸遊」ではできませんが、宇都宮の「宮の街道温泉 江戸遊」はスペースがあるので、露天にサウナを作ることもできそうです。フィンランドのように湖に入らなくても外気に触れて外気浴ができれば、本当のサウナ体験ができます。サウナの一番の効果は自律神経の調整です。サウナと冷水浴では交感神経が優位になり、外気浴で副交感神経が優位になります。このセットが自律神経の働きを整えます。だから本当は露天にあるといいのです。外の景色を見ながら瞑想する。ミニチュアフィンランドですね。「サウナ界のジャンヌ・ダルク」としては(笑)、近い未来、本格的なフィンランド式サウナを作りたいです。

●ぜひ作ってください。そういうサウナを待ち望んでいます!

温度も高くなく、中で何も考えないでいることが幸せ。サウナは本来そういうものだと聞いています。日本人も本物のサウナ愛好家が増えるといいですね。

サウナを愛し、地元両国を愛し、女性にサウナを開放するために道を切り拓いてきた平井さん。今も、本物のサウナを日本で広めるべく、常に先頭に立って進んでいく姿は、まさに「サウナ界のジャンヌ・ダルク」です。平井さんの後ろには心地よいヘルシアプレイスが広がっています。

取材協力:両国湯屋 江戸遊

写真提供:両国湯屋 江戸遊
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