PeopleVol.9

役割を終えた家電を新たな楽器に
妄想に人々を巻き込む異能のアーティスト

People Vol.9 アーティスト/ミュージシャン  和田永さん

アーティスト/ミュージシャンの和田永さんのまわりには、いつも人が集まってきます。子どもからお年寄りまで、和田さんが行くところには常に楽しそうな人の輪ができます。和田さんを中心に、さまざまな人々が共創しながら、役割を終えた電化製品を新たな電磁楽器へと蘇生させ、オーケストラを形づくっていくプロジェクト『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』は世界中に仲間が広がる一大プロジェクトになっています。和田さんの妄想から始まったこのプロジェクトはなぜ多くの人を魅了するのでしょうか?

People

Photo by Florian Voggeneder

和田 永(ワダ エイ)
1987年生まれ。アーティスト/ミュージシャン。2009年よりオープンリール式テープレコーダーを演奏する音楽グループ『Open Reel Ensemble』として活動。ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス作品『Braun Tube Jazz Band』にて第13回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。Ars ElectronicaやSónarをはじめ、世界でライブや展示活動を展開。2015年より役割を終えた電化製品を新たな電磁楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト『エレクトロニコス・ファンタスティコス!│ELECTRONICOS FANTASTICOS!』を始動。その成果により、第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
https://eiwada.com/

妄想の原点は「蟹足の塔の周りで踊る部族」

和田永さんは、古いオープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏する異色のグループ『Open Reel Ensemble』として、学生時代から注目を浴びていました。オープンリールを “演奏する”という発想はいつ生まれたのか、妄想の原点はどこにあるのでしょうか。

●和田さんが音楽を作りはじめたのはいつ頃ですか?

小学校5年生ぐらいの時に、カセットテープレコーダーを2台使って、1回録音したものを再生しながら、その上に音を重ねる「ピンポン録音」というやり方があることを知りました。カセットテープは録音をしていくごとに音が劣化していくので、だんだん異界に音が吸い込まれていくような音になるんです。その頃に出会って衝撃を受けたキング・クリムゾンやヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽のような音色になるのがすごく面白くて、カセットテープを使って自分の脳内妄想世界を音楽で表現するようになりました。

「ブラウン管テレビが埋め込まれた蟹足の塔がそびえ立っている場所で音楽の祭典が始まる」という妄想を、その頃に抱き始めていたのです。アナログ放送時代は画面が「砂嵐」のチャンネルがありましたが、砂嵐の向こうに電気の妖怪が住んでいるんだと妄想していました。砂嵐やカセットテープの録音を繰り返して劣化していく音が、異界とつながる音のような気がしたんです。

その頃カセットテープで録っていた音は、異界に主人公が入り込んでいく物語のサウンドトラックです。ブラウン管テレビを通じて迷い込んで、点滅しているブラウン管テレビが埋め込まれた蟹足の塔の周りで変な部族がお祭りをやっていて、蟹足人間に改造されちゃうみたいな物語です。その物語から曲をつくって、ギターや玩具のキーボードを弾いたりバケツや鍋を叩いたりして重ねながら録音したのが最初につくった音楽でした。

●和田さんのバンド『Open Reel Ensemble(オープンリールアンサンブル)』の原点はカセットテープにあったのですね。オープンリールはいつから使っているのですか?

中学生の時に、知り合いの方からオープンリール式テープレコーダーを譲り受けました。カセットテープでずっと遊んできたので、その親玉みたいなオープンリールは、手で介入できるのがとても面白かったですね。ある日、モーターが壊れて、手で回したら、チュピーーンという音がして、「これだ!」と思いました。自分の手で時空をゆがませることができる楽器だと思って、このサウンド全開のバンドをやりたくて大学時代から『Open Reel Ensemble』を始めました。

●『Braun Tube Jazz Band』では、ブラウン管テレビを楽器として演奏していますね。

同じく大学時代にブラウン管テレビの静電気をキャッチして音として鳴らすことができることを発見しました。ブラウン管が光って音になる!これは小学校の頃妄想していた、蟹足の塔に付いていたテレビだ!と、小学生の時の妄想が、10年後にブラウン管テレビを楽器にするということに結び付きました。未来の自分から過去の自分に情報が送信されてきていたのかと思いました(笑)。

電気信号をキャッチできればギターアンプから音が鳴るので、テレビだけでなく、電気的に動くものは全て楽器になるのではないかと考えました。さまざまな家電の電気的な信号や光などをキャッチできれば、ある種の民族楽器的なものになるかもしれないという漠然としたイメージが浮かんで、2015年に家電楽器のプロジェクト『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』を立ち上げました。そこで使う楽器のことを、僕は「電磁民族楽器」と呼んでいます。

Photo by Mao Yamamoto

みんなを「わっしょい!」してスイッチを入れる

小学生の頃の妄想のかけらだった「点滅するブラウン管」を、大学生の時についに現実の楽器としてつくってしまった和田さん。ブラウン管テレビが楽器になると発見した時、すべてが「つながった!」と思ったそうです。そして、いよいよ妄想の中にあった電磁の祭りを現実化することになります。

●『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』は妄想の電磁祭りを現実化したものなのですね。和田さんの妄想がどんどん拡張している印象です。

このプロジェクトは、いろいろな人が参加できるオープンな形ではじまりました。最初は墨田区でスタートしたのですが、要らなくなった家電を持ってきてください、と呼び掛けたらさまざまなものが集まり、まず分解をしてみるところから始めました。僕は拠点にずっと滞在して、興味のある人はぜひ遊びに来てください、とオープンにしていたら、家電メーカーに勤めているエンジニアの人や、プロダクトデザイナーの人、電子工作が好きな人、アートや音楽が好きな人など、さまざまな人が集まり、コミュニティ化していきました。みんなで、何ができるか仮説や妄想を繰り返し、実験をする。さまざまな知恵が集まって予想外な音を発見したりして、どんどんドライブしていきました。初年にいきなりコンサートをするところまでいきました。

翌年、「茨城県北芸術祭」に参加したのですが、そこでも同じように街中に拠点をつくって、家電を持ってきてください、スキルのある方はぜひ遊びに来てください、と呼び掛けたら、日立は家電の聖地ということもあって、電機メーカー勤務のエンジニアの方々がたくさん集まってくださいました。他にも全然知らないけどなんだか面白そうなので参加をした人とか、いろいろな人を巻き込みながら、半年間かけてコンサートをするということを経て、ラボが立ち上がり、ここにもコミュニティが生まれました。芸術祭が終わってから5年経った今も継続して活動しています。むしろ、あれから毎日が芸術祭ですね。

●コミュニティが継続しているのがすごい。和田さんの行くところは、いつもたくさんの人が集まってきますね。みんな吸い寄せられてきているような感じです。

本当になぜなのだろうという感じです。いきなりおばあちゃんが踊り始めたり、子どもが踊り狂いながら服を脱ぎ始めたりして。グルーヴというか、祭りばやしなんですよね。うまく言えないのですが、ここに解放感があるぞ、という感じで引き寄せられてくる(笑)。

スキルのある人たちも集まってきます。本業では推奨されない無駄を探求する場として、何か面白いことができそうといった感じで、クリエーティビティのスイッチが入るのか、みんなつくり始めるんですよね。

●みなさん、自分で自分の役割を生み出して、勝手に何かをやり始める感じなんですか?

基本的には得意なことを重ね合って「わっしょい」してる感じです。「え!?これもできちゃうんじゃないか、あれもできちゃうんじゃないか」と妄想を話し合っていく。そうすると、できちゃった時に、またグルーヴが生まれます。次は演奏する人や曲をつくる人が現れたりする。全然違う角度からポーンとアイデアを言う人が現れたりする。そんなふうに、本当に偶発的に、何かが生まれていく。それをみんな楽しんでいます。もちろんイベントの実現に向かって、僕がお願いをして、引っ張る場合もありますけれども、基本的にはみなさんが主体的にというか、それぞれの好奇心で創作していますね。

古い家電という身近にあるテクノロジーで、どこでも手に入るもので、かつ、本来の役割を終えているので、誰でもアクセスしやすいというのも大きいですね。工夫次第で家電が楽器にトランスフォームしていく瞬間にみんなが立ち会うと、それだけで謎のグルーヴが生まれていく。さらに、どうやって音を出すか、リズムは?音階は?この楽器にはどんなポテンシャルがあるんだろうという、音楽が生まれる原点のような部分をみんなで掘り進めているような感じです。

Photo by Mao Yamamoto

楽しい瞬間が連続していく、
気付くと継続している

『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』は、東京、日立に続き、京都でもコミュニティが立ち上がり、現在は総勢80名ほどのメンバーがいるそうです。2021年の連休にはSDGsをテーマにした「北九州未来創造芸術祭」で新しい楽器が生まれたようです。

●この春開催された「北九州未来創造芸術祭」ではスケートボードを楽器にしました。これまでにないパターンだったのでは?

以前から、スケートボードと電化製品を掛け算して楽器なのか、スポーツなのか、ダンスなのか、美術なのか、よく分からないものが生まれるかもしれないという構想があったのですが、北九州はスケートボードが盛んだということが分かりました。さらに、芸術祭の会場がある地区にはスケートボードパークがあるのですが、そのパークは、地元のスケートボーダーたちが15年に渡る署名運動の末につい最近出来上がったものだということが分かりました。自分たちの公園、ユートピアを自分たちの力で創り上げたスケートボーダーのコミュニティと接続したら、何かが起こるかもしれないと、スケートボーダーのひとりを紹介してもらいました。

「バーコーダー」という、バーコードリーダーがスキャンした電気信号をスピーカーにつないで音を鳴らす楽器が僕らのプロジェクトで生まれているのですが、それをスケートボードに取り付けることで、ストリートをDJスクラッチできるボードができるのではないか、という話を彼にしたところ、スケートボーダーの仲間が集まってくれて、実際にパークで実験をしながら、試行錯誤を重ねていきました。

僕は実はスケートボードの知識も経験もないのですが、こういうことを思い付いちゃって、何かできるんじゃないかなと話した時に、スケートボーダーたちのクリエーティビティと共鳴しました。彼らは、拾ってきた廃品に車輪を付けてボードをつくってしまうような人たちで、大工に看板職人に電気屋に映像作家に、本当に地元の個人商としてさまざまなエキスパートが繋がり合っていて、そこに僕が深く関わっていくことになりました。

そんな矢先、緊急事態宣言もあって、なかなか北九州に行けなくなり、途中もう無理だ、どうしようとなったんですが、さまざまなスキルを持つ猛者達のネットワークでああすればいいんじゃないか、こうすればいいんじゃないかという試行錯誤が始まっていき、最終的に開幕前日に「BARCODE-BOARDING」の初めての室内パークが完成しました。床面にはさまざまな縞模様を印刷して敷き詰め、バーコードリーダーを搭載したボードでその上を滑ることでその縞柄をスキャンして音を鳴らすという展示です。パフォーマンスは残念ながら無観客になってしまいましたが、映像を撮影したので、今後公開していく予定です。

Photo by Mao Yamamoto

スケートボードのようなストリートカルチャーは、一瞬一瞬のはかなさみたいなものがありますね。スケボーは目の前の段差や地面を見ていて、そこまで遠くを見ているわけではなく、グラフィティもすぐ消される。でもだからこそその一瞬一瞬がメチャメチャ楽しい遊びの瞬間として連続していると感じました。『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』も同じで、いつも一瞬一瞬に起こるミラクルが楽しくて気付けば6年です。都市の中でワイルドな遊びの感覚を忘れない、そのマインドと共鳴した部分はありますね。そして気付いたら長く継続している、というのはいいですね。

Photo by Mao Yamamoto

グルーヴが増幅する、音楽は対話そのもの

一瞬一瞬を楽しむストリートカルチャーと共鳴する和田さんの創作活動も、常に楽しいと感じられる瞬間を全力で作り出している感じがします。その楽しさに人は魅了され、自分の中のクリエーティビティのスイッチが入ってしまうのでしょう。最後に和田さんにとっての音楽とは何かをたずねてみました。

●次は「隅田川怒涛」というイベントが控えていると聞きました。

「隅田川怒涛」でのイベントは『エレクトロニコス・ファンタスティコス! 家電集轟篇(かでんしゅうごうへん)』というタイトルを付けています。集合の「ゴウ」は轟音(ごうおん)の「轟」。これまで東京、日立、京都、そして北九州で生まれた家電楽器を集結させます。会場は北千住にあるMURASAKI PARKの屋内スケートボード場です。北九州で誕生した最新の楽器「BARCODE-BOARDING」も登場します。

緊急事態宣言の影響で急遽イベントはオンラインになりました。東京にいるメンバーは、ディスタンスを保った上で会場から家電楽器の祭りばやしを奏で、ライブ配信します。日立からは楽器作りの様子を生配信します。最近、家電楽器の作り方を教えてほしいという問い合わせが海外から殺到しているのです。リモートでワークショップもやる予定です。家からリモートでご参加いただいて、カメラに向かっていろんな縞模様を映していただき、それを僕がスイッチングしながら音に変えて演奏するということに挑戦予定です。

●和田さんにとって音楽はどういう存在ですか?

難しい質問ですね。根底には妄想の物語があります。その物語を映画監督だったら映画に、絵本作家だったら絵本にするのだと思いますが、僕の場合は、現実で妄想をカタチにしている感じ。そこに音楽もあるし、本当に音を鳴らす美術や場もあって、僕も登場人物です。いや、僕はカメラマン?何だろう(笑)。監督?実は、小さい頃は映画監督になるのが夢だったんです。だから音楽はサウンドトラックだった。でも、いつの間にか妄想の世界が現実に立ち現れている、というのが今できている気がします。

Photo by Mao Yamamoto

日々、まるでSFみたいなことが起こっていますね。でもフィクションじゃなくて、サイエンス・ノンフィクション。いろいろな人たちが集まるので、予想外なことが起こる確率が上がっているんですね、コントロールしようがないから。だから、対話です。楽器も、人も、とにかく一方通行ではない。コミュニケーションを重ねていくことでお互いの波が増幅し合って、そしてミラクルが起こるんです。だから、僕にとって音楽は、対話そのものです。

和田永さんの活動を見ていると、いつも和田さんを中心にまるで重力場が発生したかのように時空が歪み、そこに皆が吸い寄せられてくるように見えます。それは、和田さんの子どものような純粋な感性とあふれるパッションと、天才だけが持つある種の狂気が、人を惹きつけてやまないからでしょう。和田永さんがつくる重力場もヘルシアプレイスと言えるかもしれません。

隅田川怒涛
春会期:2021年5月22日(土)、5月23日(日)※無観客オンラインライブ配信
https://dotou.tokyo/

エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~
ライブ配信:5月23日(日)18:00-19:30
視聴料:無料
配信視聴URL:https://youtu.be/DazRa56LyIQ

隅田川怒涛ELECTRONICOS FANTASTICOS!プログラム詳細:
https://dotou.tokyo/program/57/

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