People Vol.1 FOOD&COMPANY
白 冰さん
谷田部摩耶さん
社会や生活が変化する中、これからの食料品店はどのような場所になるのでしょうか。
オーガニックの新鮮な野菜やこだわりの食材を販売する〈FOOD&COMPANY〉を経営する白冰さんと谷田部摩耶さんにお話をうかがいました。
People
白冰 (バイ ビン)
FOOD&COMPANY代表
1987年北京生まれ。5歳から横浜に移住し日本で教育を受ける。大学は米国NYに留学しファッションマーケティング&マネージメントを専攻。卒業後日本に帰国し、ファーストリテイリングに入社。退社後、2013年11月にオーガニック食材をメインに扱う食料品店、FOOD&COMPANYをパートナーである谷田部と共に設立。
谷田部 摩耶(ヤタべ マヤ)
FOOD&COMPANYファウンダー/共同代表
1986年生まれ。10代から約10年間を米国NYで暮らす。NY州立 Hunter College 社会科学研究科修士課程にて国際開発を学びソーシャルビジネスの可能性に魅せられる。日本に帰国後、日常の食と消費を通して社会の仕組みを変えていきたいと考え、FOOD&COMPANY一号店を白冰と共にオープン。
生活を見直すきっかけに―時代が追い付いてきた
NYCで学生生活を送った白さんと谷田部さんは、ホールフーズ・マーケットやファーマーズマーケットなど地産地消の食材が身近にある日常を過ごしたことから、日本でもオーガニックフードを気軽に買える選択肢を増やしたいと、7年前に学芸大学駅の近くにグローサリーストア〈FOOD&COMPANY〉をオープンしました。安心して食べられる新鮮なオーガニック野菜や丁寧につくられた食品と飲料が揃うお店は、まさにヘルシアプレイス。新型コロナウイルスの流行で日常生活が変化する中、食料品店にはどんな変化があったのでしょうか。
●緊急事態宣言で変わったことはありますか?
白:外出自粛の影響で、弊社のような業態は売り上げが大幅に上がりました。新型コロナウイルスの流行は、皆さんが健康を見直すきっかけになったのかなと感じています。緊急事態宣言が解除された後も、健康的な食材を求める方が増え、時代の「ニーズ」に弊店のコンセプトがフィットしたのかもしれません。
谷田部:わたしたち自身も、コロナ前は仕事の会食などが多く、2人で夕食を一緒に食べることがあまりなかったのですが、ほぼ毎日自炊をするようになりました。職業柄、良い食材には触れていましたが、実際に自分で毎日料理したのは起業後初めてで、自分たちが売っているものの良さやおいしさを改めて感じることができました。
輸入商品は入荷できないものもありましたが、わたしたちが仕入れている商品の多くは一般市場を通さないので価格も比較的安定していますし、流通上の変化はさほどありませんでした。
一方、求人に対しての応募は大幅に増えました。今までの自分の生活や暮らしの価値観、仕事の選び方を考え直すきっかけになったのではないでしょうか。皆さん履歴書に「コロナを機に、生きる営みを支える根底の「食」に携わる仕事をしていきたい」という内容を書いていらっしゃる方が多かったのが印象的でした。お店はあまり変わっていないのですが、コロナがお客さまの買い物や仕事に対する考え方を見直すきっかけになって、わたしたちの発信する内容により興味をもっていただける結果になったのではないか、という嬉しい変化がありました。
白:コロナをきっかけに起こった社会の大きな変化の流れと一致する部分が、〈FOOD&COMPANY〉のコンセプトにもともとあったのかもしれません。
谷田部:3.11の後も似たような変化があったと聞きます。また、NYCでは、リーマンショックの後、インディペンデントの食のクラフトマンシップが盛んになりました。環境は違っても、危機に瀕した時、自分の営みの根底を見直すことになり、一番重要な食にフォーカスされるのかもしれません。
オーガニックがあたりまえに
選択肢のひとつとしてある街に
社会が不安になるとき、生命に直結する食に人々の関心がいく、ということはこれまでも繰り返されてきたことでもあります。人々が不要不急の外出を控えるようになり、これまでよりも地元のお店を利用するようになった人も多いのではないかと思います。住宅街にあるお店は注目度が上がったのでしょうか。
●ニュースなどではスーパーの混雑が報道されました。
谷田部:新宿や渋谷などの都心は人がいなくなりましたが、学芸大学のような住宅地はあまり変わりませんでした。通常はお仕事で外出される方が在宅されていることで、むしろ人が増えたかもしれません。お客さまはもともとファミリー層が多かったのですが、コロナを機に、若い男性やカップルも増えました。
混雑したこともあり、入場制限を考えた時もあったのですが、いつも家族で来てくださった常連さまがおひとりだけでいらしてくださるなど、こちらで規制したというよりは、お客さまが自発的に気をつかって分散して来店してくださいました。これは日頃からのお客さまとのコミュニケーションの積み重ねの中で育むことができた関係があってのことだったので、しみじみよかったな、と思いました。
●気軽に遠方に出かけられない生活がしばらく続くことを考えると、自分の家の近くにこのような信頼できるお店があることが重要だと思います。
今後はどのようなところに出店を予定していますか?
白:商業エリアではなく、人が地に足をつけた生活を営んでいる住宅エリアに出店していきたいというのが基本です。扱っている商品が、野菜や日常品なので、地域に根差した、地元の人が使い続けられるようなお店を増やしてしていきたいと考えています。
谷田部:もともと学芸大学を最初のエリアに選んだのも、リアルな生活者が住んでいる街にオーガニックをあたりまえのオプションとして増やしていきたい、体験として楽しめる空間で食材を販売する場所を創りたいというのが大きな理由です。
白:〈FOOD&COMPANY〉がオープンした2013年頃は、どちらかというとファッションとしてのオーガニックがメインでした。当時オーガニック系のものが手に入りやすいのは青山エリアなどでしたが、値段も高くて、一過性のファッションとしてオーガニックが消費されるのは、自分たちが目指している姿ではありませんでした。日常の買い物の選択肢のひとつとしてオーガニックがあたりまえにあるのがわたしたちの理想だと思っているので、住宅街に出店していきたいという気持ちが強くあります。
〈FOOD&COMPANY〉の概念を健康やウェルネスへと広げて、人々の生きる力を支えたい
オーガニックの価値観を体験できる場として〈FOOD&COMPANY〉をオープンしたお二人。社会や人々の意識が少しずつ変化している今、これからの食料品店はどのようなかたちになるのでしょうか?お店の未来をうかがってみました。
●将来の夢を教えてください。
白:生産から消費までの課題を包括的に見直す循環型のお店づくりを目指しています。例えば、スーパーはもともと空調と冷蔵など電気エネルギー消費が多い業態です。将来的にはエアコンが必要ないお店を作りたいです。
今後少し大きめの路面店を建てることになったら、屋上はルーフトップガーデンにして野菜を作り、地元の子どもたちの食育に活用したい。畑の隣には遊べる場所もあり、その隣は植物園のようなサンルームがカフェになっていて、お母さんたちが子どもを見守りながらお茶ができる。下のお店で出たごみをコンポストで肥料にして畑で利用する。地元の農家さんの野菜を売って、食品廃棄や無駄を少なくし、食育もできて、消費者と生産者をつなげられる、そんな地元のコミュニティの中心になるような場所をつくりたい。食料品店を超えて、本当の意味でのオーガニックの価値観を伝えられる場所になる食のプラットフォームを目指したいと考えています。
●フィットネスジムがその構想に入る可能性はありますか?
白:ありますね。食のプラットフォームの延長線上に健康、ウェルネスがあります。〈FOOD&COMPANY〉のお客さまは健康に関心が高い方が多いので、ウェルネスという観点で、ジムやパーソナルトレーニングで、食だけでは解決できない課題にも取り組んでいきたいです。
また、今後テクノロジーを使ったサービスも提供したいと考えています。今も遺伝子を調べて将来なりやすい病気が分かるキットがありますが、例えばそういう企業と組んで、自分の健康に合った食べ物を選ぶためのアドバイスができるようなサポートもしていきたい。テクノロジーと連携して健康管理のサポートを提供できるようになると、〈FOOD&COMPANY〉がウェルネスのプラットフォームに既存のスーパーの概念の一歩先を行けるのではないかと思っています。
●食とウェルネスのプラットフォームとしての食料品店、とてもいいですね。
白:これまでスーパーはずっと利便性の追求をしてきました。もっと安く、便利に、いつでも欲しい時に、が価値でしたが、ネットスーパーなども増えてきた今、わたしたちのような小さい店は利便性で勝負しても勝ち目はありません。そもそもこれ以上便利になる必要はないのではないか。これからはどういうフィロソフィーを持っているかで判断されると思います。わたしたちはメンタルヘルスを含めた全体的な健康や、コミュニティとのつながりが感じられるということが重要な価値だと考えていますから、テクノロジーの投資もその価値観を補強するものにしていきたいと思っています。
谷田部:過度な生産性や効率を求められる社会だからこそ、わたしたちは人間らしさというか、人間の野性的な部分、「余白」の部分を大切にしていきたいと考えています。食の生産から、流通、販売、廃棄まで、どこを切り取っても、その背景がちゃんと社会の一部であるということを可視化できるような仕組みづくり、場づくりをしていきたいと考えています。
というのも、利便性を追求する=「背景を見せなくする」ことだと思うからです。売り場に並べられた野菜に表示されるのは大抵値段だけですが、あたりまえですが、本来は収穫のタイミングで台風が来たとか、ガソリンが値上がりしたとか、生産や物流のさまざまな背景があります。それらは利便性を追求した場では邪魔な情報です。けれども、背景が消されてしまうことによって社会に対する理解が薄まっていくし、他者を思いやる必要性も排除される。人間の感情や野性的な部分を消さざるを得ない状況になっているから、人間の生きる力が脆くなっているのではないかと思います。
●確かに危機に直面する度に、都市生活の脆弱さを実感します。
白:今回のコロナ禍で、都会の人々は混乱しているけど、地方の農家さんなどは案外何も変わらないし、どっしりと構えている人が多いのが印象的でした。都市化は便利だけれど、人間の生きる力を失わせてしまうという側面もあると思います。〈FOOD&COMPANY〉は命を根底から支え、生きることに直結している食を扱う存在として、本当に必要な情報を可視化して、お客さまをサポートしていきたいです。今後は生きる力を大事にしたい人が増えていくといいなと思うので、そういうきっかけを提供できる場づくりをやっていきたいと考えています。
エニタイムフィットネスの会員でもある白さんは、フィットネスによって自分の身体の変化に気づくようになったそうです。またトレーニングを続けることで成長が感じられ、自信がついたこと、トレーニングが終わった後にエネルギーが高い状態に保たれたまま仕事をすることができ、感度が上がることもフィットネスのメリットだと言います。
一方、家でヨガをやっているという谷田部さん。運動することでいい意味で発散され、自分の身体性とのつながりを感じることができ、自然の一部としての感覚を取り戻せることが、フィットネスの価値ではないかと言います。
自分の身体に関心がない人は社会にも関心を持てないのではないか、と考えると今回の新型コロナウイルスの流行をきっかけに、食や健康など、まずは自分の身体に関心を持つ人が増えることで、ヘルシアプレイスが増えていくきっかけになるかもしれません。
取材協力: FOOD & COMPANY