女子中高生の進路にテクノロジーの選択肢を
Waffleの二人の挑戦
People Vol.6 一般社団法人 Waffle
Co-Founder & CEO
田中沙弥果さん
Co-Founder 斎藤明日美さん
世界経済フォーラム(World Economic Forum)が2019年12月に発表した「Global Gender Gap Report 2020」によると、各国における男女格差を測るジェンダーギャップ指数の日本の順位は153カ国中121位※1。ジェンダーバランスの実現は社会のあらゆる分野で求められていますが、中でもエンジニアやプログラマーなどIT業界の職種は圧倒的に男性が多く、女性は少ないというのが現状です。IT分野における女性の教育とエンパワメントを通じ、ジェンダーギャップの解消を目指す一般社団法人Waffleの代表、田中沙弥果さんと共同代表の斎藤明日美さんに、テクノロジー分野の女性の教育の現状とWaffleの活動についてうかがいました。
※1 内閣府男女共同参画局HPより
People
田中 沙弥果(タナカ サヤカ)
一般社団法人 Waffle Co-Founder & CEO
1991年生まれ、大阪府富田林出身。小中高は田舎の公立・共学に通う。2017年NPO法人みんなのコード入職。文部科学省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し、学校の先生がプログラミング教育を授業で実施するための事業を推進。2019年IT分野のジェンダーギャップを解消するために一般社団法人Waffleを設立。2020年日本政府主催「国際女性会議WAW!2020」にユース代表として選出。SDGs Youth Summit 2020若者活動家選出。Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」受賞。情報経営イノベーション専門職大学客員教員。
斎藤 明日美(サイトウ アスミ)
一般社団法人 Waffle Co-Founder
1990年生まれ、東京都出身。外資系IT企業やAIスタートアップにてデータサイエンティストとして従事。IT分野のジェンダーギャップを解消すべく一般社団法人Waffleを設立。2020年Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」受賞。アリゾナ大学大学院修士修了。
誰かがやらなければならない、
わたし、できるか?!
女子中高生向けにコーディングコースを運営する一般社団法人Waffle は、2019年11月に設立したばかりですが、2020年11月にForbes JAPAN誌が選ぶ “世界を変える30歳未満の30人” に代表の田中さん、共同代表の斎藤さんが共に選出され、12月には第4回目となる「ジャパンSDGsアワード」(主催:SDGs推進本部-本部長:内閣総理大臣)において「特別賞(SDGsパートナーシップ賞)」を受賞されました。まずはお二人の出会いとWaffle設立のきっかけを聞いてみました。
●Waffle設立のきっかけと、お二人の出会い、一緒に活動をされることになった理由を教えてください。
田中:わたしは以前、小学校のプログラミング教育を全国の学校に普及するNPOで働いていました。小学校では女の子も男の子も関係なく、みんな楽しそうにプログラミングの授業に参加しています。しかし、中高生向けのプログラミングコンテストを見てみると、参加者が20対1(2017年当時)で女の子が圧倒的に少なくなってしまうのです。小学生の段階ではプログラミングやパソコンに対する男女の興味や態度の差は見受けられないのですが、中高生になると一気に女の子が参加しなくなる、という現象がありました。当時の女性エンジニアの友人から、女性エンジニアが少ないんだよね、増やしたいんだよね、という話を聞いていたのですが、そもそも労働市場に女性がいないのではなくて、中高生の段階から志望する人がいなくなっているのではないか、と思い、Twitterで出会った斎藤とそういう話をしていました。
斎藤:わたしはデータサイエンティストとしてIT企業に勤めていたのですが、やはり女性が少ないことを気にしていて、会社側に採用活動から変えられませんか?と聞いたら、そもそも女性の応募が少ないと言われました。その後スタートアップに転職し、自ら採用活動も担当することになり、レジュメ(履歴書)を見ることになったら、女性のレジュメが全然あがってこなくて、やはりそもそもいないんだなと実感しました。日本の大学の工学部の女性の割合は15.7%くらいで、理系の大学生は既に少ない。ではその前はどうだろうと考えると、中高の進路選択の問題にいきあたって、そのことについて田中と話していました。
田中:そのような中、2019年11月にiamtheCODE(アイアムザコード)という、わたしたちと同じようなビジョンを持ったアフリカのNPOと、日本で女子中高生100人にSDGsの課題をプログラミングで解決するワークショップを開催することになったのです。とにかく、その運営が大変で。斎藤に相談したら、手伝ってくれることになり、そこから一緒に活動することになりました。
斎藤:田中がWaffleを設立して、わたしは最初ボランティアで手伝っていたのですが、だんだんとこれは誰かが本腰を入れてやらなければならない、と思うようになりました。テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消は、日本で一番大切な課題だと思っているので、この活動は力を入れないといけない、と強く思ったのです。当時はスタートアップで、すごく面白い仕事をしていたんですけど、そこはわたしの他にもメンバーがいるしなんとかなるだろうと。Waffleの活動は絶対途絶えさせちゃいけないし、田中がひとりでやるのは本当に大変だと思ったので、会社を辞めて、Waffleに参画しました。
●それは勇気のある決断ですね。
田中:データサイエンティストとして、着実にキャリアを積んでいたのに、非営利団体に飛び込んでくるというのはすごく大きな決断だったと思います。
斎藤:2020年の2~3月頃から、女の子だけのプログラミング教室を日本につくらなければいけない、という話を始めたのがきっかけです。アメリカには既に20団体以上、大きな団体だと1億円くらい調達しているような規模の団体がたくさんあります。日本にはなかったので、わたしたちがやるしかない。新しい事業をするとなると、会社に勤めていると時間的な制約もあるし、体力も頭もすごく使うので、どちらか選ばなければいけない、というタイミングがきて、じゃあ、Waffleを選ぼうと思いました。
●一人で活動をはじめられた田中さんも勇気があると思います。
田中:最初は副業でやっていたので、平日の夜と、土日にコツコツと女子中高生向けのプログラミング学習のプログラムを3年くらいやっていたのですが、わたしは学校教育やプログラミング教育については分かりますが、エンジニアではないので分からない部分がたくさんありました。けれども、2019年の秋くらいから、これは誰かがやらないといけないんじゃないか、という気持ちになってきたのです。背景としては、2020年から小学校でプログラミング教育が必修となり、今後、中高にも入っていきます。しかし、現状はプログラミングを教える側が男性に偏っていたり、教材が男性向けに偏っていたりと、ジェンダー視点が抜け落ちているんです。これから普及するという段階で、誰かがジェンダー視点が必要だよね、というのを言っていかないと、また社会の構造をつくる側が男性に偏ってしまう。だから誰かがやらないといけない、「わたし、できるか?」と思い始めて、分からないけどやってみよう、と思ってそこから法人化して、そうしたらコロナがきて、どうしよう、となったんですけど(笑)。
●今はオンラインでプログラムをやってらっしゃるんですね。
田中:オンラインでのコーディングコース「Waffle Camp」を斎藤と二人で開発しました。ウェブサイト開発のスキルとコーディング学習のコミュニティを提供するオンライン・プログラムです。事前学習、オンラインでのインタラクティブな1日教室、そして2週間の事後学習とともに、キャリアをイメージできるようにロールモデルとの対話を組み合わせており、女子中高生のIT分野への進路選択も支援します。
女子中高生の進路にテクノロジーという選択肢を増やしたい
Twitterで出会った2人が、誰かがやらなければならない、という使命感でNPOをスタートさせるという、その軽やかさとスピード感は令和の時代ならではのものなのかもしれません。新型コロナウイルスの世界的な流行と重なったこともあり、オンラインサービスとして、身近なWebサイトの制作に取り組む「Waffle Camp」が誕生しました。日本は女性の社会進出自体が遅れていますが、中でもテクノロジー分野におけるジェンダーギャップが大きいのはなぜなのでしょうか。
●テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの原因はなんだと思いますか。
田中:ひとつはジェンダーバイアスだと思います。日本は「ジェンダーギャップ指数」が153カ国中121位なので、日々の会話や制度面でそれが反映されています。具体的な例で言うと、データサイエンティストを目指していた高校生がそのことを親に伝えたら、親はその仕事が長く働ける仕事なのか、高収入を得られるのかが分からないから、医療系に進んでほしい、医療系に進まないのであれば学費を出さない、と言われたという事例がありました。他にも、女の子なんだから文系でいい、と未だに言われるとか、そういう日々の周囲の会話によって自分の興味がそがれてしまい、望まない進路を選ばざるを得ない状況があると思います。
もうひとつはテクノロジー分野における現在の男女の比率で、大学工学部の女性比率が15%程です。女性が少ないから行きたくない、というのが、女子が理工系に進まない理由になっています。数学が好きでデータサイエンティストを目指したいと思っているけど男子が多いから情報工学部だけは行きたくない、と考えるのです。男子が多いと嫌だという女子学生は少なからずいるので、バイアスと学びの場の環境という負のループが存在しています。
斎藤:親や先生が持っているジェンダーステレオタイプが環境に内在化していて、それによって子どもの意思決定がなされています。今はSNSの時代ですけど、SNSの中のロールモデルよりも、身近な親や先生の言葉のほうが強いのです。
●ジェンダーバイアスが原因なのだとすると、親の世代や先生たちの意識から変えていく必要がありますね。
田中:そうですね、親や先生については、現状わたしたちはなかなかコミットできないので、制度面で変えるために政策提言をしています。
また、孤独に陥っている女子中高生向けの居場所をつくろうと考えています。例えばプログラミング教室に行っても女子が2割ほどしかいないと、やはり行きづらいとか、アウェイ感を感じてしまうので、その分野への興味が絶たれてしまうのですが、プログラミングやコーディングを学ぶ同世代の女子学生をWaffleのコースに集めることで、こんなにテクノロジーに興味を持つ同世代がいるんだ、と自信につながる場所をつくらないといけないと考えています。
また保護者向けのコミュニティで「母親アップデート」というものがあります。このような、母親が自分の価値観をアップデートするためのコミュニティやイベントを開催したり、広報に力を入れて、さまざまなメディアにもこの問題に気づいてもらう、まずは認知してもらうという啓発活動に力を入れています。
●女子中高生にターゲットを絞っている理由を教えてください。
田中:アメリカでは中高生の時にドロップアウトする女子が一番多いというデータがあります。日本は高校で文理選択があり、大学進学前に行きたい学部を選ばなければならないので、そこで大きく分かれてしまう。ITの選択肢を持たないまま文系理系を選択するのではなく、ITって面白いんだよ、職業はこういう感じなんだよ、というのを伝えて、理系を選択肢に入れてもらいたいと考えています。そのため中高生にターゲットを絞っています。
●確かに高校生の時点で進路を決定するので、女子が少ない工学部に行きたくないという気持ちも分かります。そもそも、性差による向き不向きはあるんでしょうか?
斎藤:あまりないと思っています。国際学力調査でも女子と男子で点数差はほとんどありません。例えば日本の女子は、数学は世界で10位以内に入っています。けれども、日本よりも点数が低い国のほうが工学部の女子比率が高かったりするのです。もし才能ベースだったら、日本の工学部はもっと女子がいるはずです。
●もったいないですね。
斎藤:そうなんです。日本の女性は世界的にも理数系が強いと思うのですが、やはりジェンダーステレオタイプの影響がかなり大きいです。例えば、理科と数学の先生が女性だった場合は、女子中高生がより理系に行きやすい、11%くらい変わるというデータが出ています。親が子どもに対して「技術で新しいものを開発してほしい」と願うのは、男の子の親は半分くらいそう思うらしいんですが、女の子の場合は3割くらいしか思わないのだとか。そこで子どもに期待されていることが変わってくるので、数学で同じ点数をとっていてもその先を期待されるか否か、という違いがあります。
ロールモデル的な事例を増やしたい
社会に内在するジェンダーステレオタイプによって、知らず知らずのうちに女性の進路選択の幅が狭められているのだとすると、それは女性にとってだけでなく、社会にとっても大きな損失につながっているのではないかと感じます。特に今後IT化がますます推進される社会状況にあって、エンジニア不足が深刻だといわれる日本では、女性の活用にこそ希望があるように思います。Waffleはコロナ禍の中での法人化スタートになりましたが、どのような成果があったのでしょうか?
●活動が本格化して1年くらいということですが、実感する成果はありますか?
田中:わたしがこの活動を始めてから4年くらいたつので、参加した子たちは、中学生は高校生に、高校生は大学生に成長しています。その子たちの進路がどうなっているかというと、中学生の時は経済学部を目指していた生徒は、Waffleのプログラムを何度も受講するリピーターだったのですが、データサイエンティストを目指して進路を変更しました。そうすると数学が必要だということが分かって、数学はもともと好きだったけど、男の子が多い工学部には行きたくないので、数学を独学で究めるために数学オリンピックに出場。そこで数学オリンピックの男女比も女性が少ないことが分かり、その問題意識を同世代に共有するために、高校生新聞で「みんな理系に行こう!」というコラムを書いたそうです。
大学生の子は、障がい者の問題をビジネスで解決したいけれど、これからの社会ではITが必要不可欠であるということに気がついて、筑波大学の障がい者の学問を多角的に学ぶ学部に行きながら、1年生から情報系の研究室に入れてもらって、障がい者の課題に対するITでの解決策を模索中です。
進路を実際に変えた学生もいれば、もともと数学が得意で数学オリンピックに出場したり、IT分野に進路を決めたり、自分が進みたい分野にITを掛け合わせたりとか、閉じていた可能性を解き放ち始めた事例が出てきたので、このようなロールモデル的な事例を今後増やしていきたいと考えています。
●実例が出てくると嬉しいですね。
斎藤:そうですね、説得力にもなります。女の子が選んでいないのではないか、と言われることもあるので、選択肢を与えたら選ぶんだよ、教育をしたらきちんとかえってくるものがあるというロールモデルを見せることが大切です。多くの女子中高生が興味津々でプログラミングをやっているところを見てもらうと説得力が高まると思います。
●企業ともコラボレーションしているとのことですが、企業も女性エンジニアの必要性を感じているのでしょうか。
斎藤:それはすごく強く感じていると思います。どこもダイバーシティ&インクルージョンは必須になっています。基本的に外資系IT企業の方がより積極的ですが、日本の企業も、ダイバーシティ&インクルージョンのコミッティーをCEO直下でつくるところが出てくるなど、どんどん追随しています。
●企業がコミットすると早く変わるかもしれないですね。
田中:意図的に企業を巻き込むことはやっています。企業の中でも関心の高い人を最初から巻き込んでいます。NPOなので、周りからの応援がないと成り立たないのと、この分野でわたしたちが二人で頑張るだけではあまり説得力がないので、大手企業の巻き込みを積極的にやっています。
●テクノロジーの分野に女性の視点を入れることで企業の業績が上がるということもありますよね。
斎藤:女性の視点は女性だけが持っているわけではなくて、男性も寄り添うことができます。それがジェンダーインクルーシブになるということだと思います。現状IT分野に女性は少ないし、ここ1~2年でそれが変わるわけではないので、企業として今すぐ何ができるかというと、女性はどう考えるのかとか、男性の視点だけでつくっているのではないか、ということを振り返ることが必要だと思っています。
ジェンダーインクルーシブは必ずしも女性の数を増やせばいいというわけではないと思います。まずジェンダーギャップがあることに気づけば、誰でもできることがあります。どうしても数に目が行ってしまいがちですが、ジェンダーバイアスにとらわれていないかと考えたり、学校教育においても性差に関わらず特性を生かす進路指導をしたりするなど、今できることもいろいろあると知ってもらうことがすごく大切だと思います。
社会にインパクトを与えていきたい
既に進路を変える女子中高生たちが出ているということは、選択肢さえ与えられれば、テクノロジーの分野に進む女子中高生はこれからどんどん増えそうです。中高時代のわずか数年が、人生の進路を左右する重要な時期ですが、斎藤さんは活動の中で女子中高生たちに、「いつ始めても遅くない」と伝えているそうです。それは、お二人がこれまでたくさんの素晴らしいロールモデルに出会ってきたからで、彼女たちに出会えたことが、今これをやることで「何かに遅れる」という恐れを消してくれたのだそうです。最後に二人が考える未来についてうかがいました。
●今後の目標を教えてください。
斎藤:ミシェル・オバマに会いたいです(笑)。日本には、彼女のようにロールモデルとなるシニア世代の女性が少ないのが悔しいですね。
真面目な目標だと、教育機関や行政と連携して面で広げていくということがすごく大切で、今はプログラミングに興味がある子たちがプログラムに参加してくれているんですけど、ポテンシャルがある子はもっとたくさんいるはずなので、そういう女子中高生たちが気づくきっかけを与えたいと思っています。そのためには、身近な保護者や先生など、教育の面から進めていくのが大切だと思っています。
わたしたちは政策提言もしています。草の根だけでは変わらない部分は確実にある。工学部の女性比率約15%という数字は、20人に向けたイベントをやっていてもなかなか変わらないのです。
田中:この分野はいろいろな取り組みがなされているのに、成果が出ていない理由はインパクト重視じゃないからだと考えています。日本全体にどうやったら広がるのか、しくみをどうするのか、どうすればこの分野に他の人が入れるのか、ジェンダーギャップを埋めるための取り組みができるのか、全体に広がりを持たせる、インパクトを出していくというのが、足りないのかなと思っています。そのためにはまずは自治体や、学校教育の現場などへ面で広げる、ということをやっていきたいです。
エニタイムフィットネスも高校生が無料で利用できる「ハイスクールパス」という取り組みを実施していますが、10代後半という一番重要な時期に、ひとつでも多くの選択肢や可能性を得られることが、その後の人生に大きく影響してくるのではないかと思います。Waffleの二人の活動が女子中高生にテクノロジーという選択肢を提示することで、女の子たちの可能性を広げ、それがひいては日本全体をヘルシアプレイスへと導くことにつながるのではないかと感じました。
取材協力:一般社団法人 Waffle