FitnessVol.5

連   載

あの人がトレーニングをする理由

Vol.1

eスポーツプレイヤー/経営者
堀田 マキシム アレクサンダー

トレーニングというと、以前はマッチョでストイックな人の趣味、という時代もありましたが、今やトレーニングは健康維持やダイエットだけでなく自己管理のために生活習慣として取り入れる人が増えています。そして、一見筋肉は必要なさそうなジャンルで活躍するプロフェッショナルも、実はトレーニングをしています。彼らはなぜ体を鍛えるのか。さまざまな分野で活躍する人にその理由を尋ねます。

バーチャル世界で活躍するための
フィジカルトレーニング

かつて『仏(ほとけ)』というゲーム名で活躍し、モバイルゲーム「荒野行動」きっての司令塔として知られた堀田。トッププレーヤーとして活躍していた大学在学中に株式会社Fennelを起業し中退、その後プロゲーマーも引退し、現在は同社代表取締役社長としてeスポーツチーム運営や大会運営、さらにアパレル事業を展開している。eスポーツの選手としても起業家としても異色の経歴の持ち主だ。

ゲームに熱中する前は映画に熱中し、年間300本の映画を観ていたこともある。そもそも何かを始めると没頭しやすい性格なのだろう。そして一時期、筋トレにも熱中していた。

筋トレを始めたきっかけはコンプレックスだった。思春期にニキビができやすい体質で、堀田がそのコンプレックスを克服するために高校時代に始めたのが筋トレである。

「顔のニキビは隠したいけど隠せない。でもかっこいい筋肉があったら、みんな顔じゃなくて、筋肉を見るんじゃないかと思って筋トレを始めたんです」。

コンプレックスが理由で始めたものの、やり始めたら面白いし、一度休んだらそれまでのトレーニングが全て無駄になってしまうのではないかと思い、週7日、毎日プロテインを200g飲んで筋トレを続けた。大学に入ってからも、練習メニューに筋トレが多いからという理由でラクロス部に入部。当時は筋肉が多ければ多いほどいい、という筋肉至上主義だった。

ところが、大学在学中アメリカに留学すると、周りの人は誰もコンプレックスなんて気にしていない。

「アメリカで生活したらコンプレックスが克服されちゃったんです。筋トレをやっている意味もなくなって、やめちゃいました」。

しかし、10代後半から20代にかけて鍛えた体はゲームでも有利に働いた。

ゲームプレーヤーの多くは座りっぱなしという生活からくる腰痛と、前かがみの姿勢による肩こりに悩まされる。そしてマウスを操作する右手首の腱鞘炎。この3つがeスポーツ選手のケガや故障のほとんどを占めている。

しかし、『仏』はケガや故障に悩まされたことはほとんどなかった。それが強さの秘密でもあった。

「腱鞘炎で引退する選手は結構います。手首回りは動かす量がすごく多いので負荷がかかるんですよね。だから、eスポーツ選手のトレーニングとして大事なのは、腱鞘炎対策として手首を強化するアームカールです。筋肉が少ないと安定した動きができないので、手首回りや腕回りの筋肉を増やして動きを安定させます」。

『仏』のエイム力(当てたい時に当てたい箇所へ当てる能力を示すゲーム用語)は現役時代から高い評価を得ていたが、それも筋肉がしっかりついていたからだろう。

「さらに鍛えるべきなのは、背中、腰、首回りです。ずっとパソコンに向かっていると肩が凝ってくるし、そもそも座っているとき前かがみになっていると首を支えている背中の筋肉にも負荷がかかります。腰のケガをする選手も多いです」。

堀田自身は、筋トレを始めて肩こりが減ったという。さらに、手先と足先の冷え性がなくなった。

1日8時間以上ゲームのトレーニングをすることもあるeスポーツ選手たちは、動かないので手足の末端が冷えることが多い。しかしゲームでは指先の繊細な動きが重要になるため、冷え性対策が欠かせない。選手たちの多くは、大会前には電子カイロや使い捨てカイロを持ち歩き、指を温めているのだという。

「冷え性対策として、一般的なトレーニングをするというのも重要だと思います。やっている選手はあまりいないと思いますが、筋トレによって代謝が良くなって血流も良くなるので絶対やった方がいいですね」。

0.1ミリのずれも許されないeスポーツの世界。瞬発力と正確な動きを実現するため、腕や手首の筋肉強化はもちろんだが、故障しにくい体をつくるために全身のトレーニングが必要だと堀田は考える。強いeスポーツチームをつくるために、現在は社長としてチームの筋力トレーニングの強化と食事などの生活習慣の改善を進めている。

ゲームプレーヤーの多くは夜型で、食事も3食エナジードリンクとカップ麺で済ますような不健康な生活をしている人も多い。毎日8時間から10時間、暗い室内でゲームの練習を続けるのは精神衛生上も悪いので、まずはリフレッシュと姿勢矯正も兼ねて選手たちに筋トレを推奨している。また、食生活を改善するためにジャンクフードを禁止して、ヘルシーな宅配弁当を支給している。2021年5月、横浜にゲーミングベース「FENNELベース」を開設し、食生活と睡眠習慣、そして運動習慣をしっかり管理するようにした結果、風邪をひいたり、体調を崩したりする選手がいなくなった。

昨年5月に完成した「FENNELベース」。所属選手の練習環境をオフラインでも整えた。

「1人でもけがをしたり病気になったりすると一気にチームが崩壊してしまいます。eスポーツは基本的に控えの選手はいないので、ひとり欠けたら練習すらできないのです。だから選手の健康管理は、チームを運営する上でとても重要です」。

eスポーツの市場規模が日本に比べて格段に大きい欧米では、サッカーやバスケットボールのプロチームのようにeスポーツのチームにもトレーナーがついているそうだ。現在、FENNELではチームのコーチが運動も含め選手の健康を管理している。チームビルディングについても、欧米の方が圧倒的に進んでいるので、堀田は代表として、海外の事例をロールモデルに、世界で勝つために日本のeスポーツを少しずつ変えていく努力をしている。

「運動はeスポーツにとってメリットしかないので、必ず取り入れなければならないと考えています。フィジカル面でのメリットはもちろんですが、メンタルの面でもモチベーションが上がり、練習の質が向上します。自分自身がトレーニングを始めたきっかけもコンプレックスの克服が目的でしたが、やってよかったと思うのは、自分に自信がつくんですよね。おまえは俺より勉強ができるかもしれないけれども、俺はおまえより筋肉がある、という(笑)。半分冗談ですけれども、そういう自信につながるんですよ」。

筋トレによって身体的にも精神的にも自分が変わっていく実感を持った経験がある堀田は、今その経験を若いゲームプレーヤーたちに伝えようとしている。

PROFILE

堀田 マキシム アレクサンダー
株式会社Fennel(フェンネル)代表取締役社長
2017年に立教大学入学。アメリカ留学後、2019年10月、株式会社Fennel創設に伴い、同社代表取締役社長に就任。eスポーツ競技シーンの第一線で活躍しながら、チームマネジメントを行う。ストリーミング、実況解説、eスポーツオンラインサロン運営とマルチな才能を発揮し活躍。eスポーツ専門学校での特別講師や、経済専門誌“経済界”にインタビュー掲載の経験もある。
https://fennel-esports.com/

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